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自分の道は自分で決める! (22) 

 それは、私が下っ端なのに警視になったからと言う理由だった。
 日本だと下っ端には下っ端なりの仕事がある。
 だけど、ここはフランスだ。上下に関係なくチャンスは平等にある。
 刑事になってからの年数は短いが実年齢は30歳を超えている。大学卒業して、すぐ警視庁に入っていれば警部補とかになっていただろう。「親の七光り」という言葉付きで。
 そう言われるのも嫌でフランスに来たんだ。
 ここでは自分の力が全てを指す。
 
 総監をトップとし、その下にはお偉方、その下には各部のボス。そのボスの下に4人の警視を設ける。
 今までの経歴にアクセスできず大学卒業後からしか判断材料がなかった。大学時代ではなにをしていたのかも分からない。
 
 警察学校に入学して卒業後は警察官になるのが通例だ。
 だけど刑事は違う。
 大学を卒業して国家公務員の資格を受けてなる。
 そのせいか銃の扱いは下手な人たちが多い。
 だけど私は学生時代は戦闘機の操縦だけでなく、学長やゼミの教授から銃の見方、構え方、撃ち方などを教えて貰っていた。
 日中ハーフを筆頭としたハーフ連中は自分用の銃を持っているので、銃の種類などを知る機会があったものだ。他には乗馬もしていたし、文武両道でいるため頑張っていた。
 ましてや普通の人とは違い、私は医学部卒業だ。
 言語も四カ国語必須だった。皆して互いに得意な言語を教え合いしていたものだ。しかも楽器演奏までしていた。
 私はヴィオラだったので、ミニオーケストラが結成された。
 
 
 大学卒業後、24歳、ドクターとして監察医から始まった私の第二の人生。
 31歳の4月に警視庁に入った。
 その年の9月にインターポールに入庁するまで、丸々5ヶ月間の刑事期間。
 7年半の材料なんて、そんなものだ、
 学生時代に培ったモノ。
 ショーンとの絡み。
 それらを踏まえた上での昇進だそうだ。
 
 フランスで警視になれたのは自分の力だ。
  「親の七光り」ではない。
 
 
 なのに、あいつは私が忖度をしたと言ってくる。
 誰に忖度するのか。
 
 決闘を申し込まれたが、即断った。
 
 大学生らしい遊びをしようよと誘ってくるボスを筆頭に、お調子者の右腕。その2人をコントロールするのに苦労していても楽しいことには自ら率先して動く左腕。その3人をなんとかコントロールできるようになったのは4年生になってからだった。皆が皆、違う方向に主張していたのだから、せめて、この3人だけはと思い、私は自分を抑えていたんだ。
 学生時代は誰もが私を警視総監の息子ではなく、一人の学生として見てくれていた。
 それが分かってからは私も主張し始めたんだ。
 普段はしない言葉使いに笑い方、態度。
 一番楽しかったのは大声で叫んだときだ。
  「バカヤロー!」
 
 窓の外に向かって叫んだときは頭の中もすっきりしていた。
 
 私が「不思議な謎野郎」と呼ばれたのは、それが所以だ。
 冷静に対処していても、いつ大声で叫び出すのか分からないからだ。
 ゼミ教授のサメからは、こう言われていた。
  「ある意味、マサが危険人物 No.1だな」と。
  「ワンではなかったのか?」
  「冷静で落ち着いているくせに、焦ったり叫んだりすると、大変だあと思わざるを得ない」
  「いつも、そう思ってくれ」
  「うわあ……。将来は警視総監でなく悪役になりそうかも」
 
 その言葉に飛び蹴りしていた。
  「ってぇ、マサが暴力振るったー」
 
 跳び蹴りだなんてしたことなかったのに、あれは楽しかったな。
 
 
 そんな私に決闘だと?
 冗談じゃない。
 
 ボスの声が聞こえてきた。
  「マサの乗馬姿にフェンシング。格好いいだろうなあ」
  「乗馬にフェンシング?」
 
 皆なんて、こうだ。
  「なら、馬は黒毛を選ぼう」
  「場所は、いつものとこでいいよな」
  「国際競技場だよな」
  「手配しよう。いつする?」
 
 こいつら面白がっているな。
  「ボス。私は」
  「まあ、あいつは相手が誰でも文句付けて決闘を申し込むんだ」
  「だからと言って」
  「今までの戦歴は6勝6敗。マサだと、どうなるかな」
  「馬上フェンシングだなんて」
  「んー、そうだなあ。マサが負けるに10フラン」
  「ボスッ」
 
 ボスの、その言葉で賭け事が始まった。
 8:2の割合で、私が負けると思われてしまった。
 理由は、これだ。
  「マサは見た目が細いし弱そう」
 
 
 こいつらあ……。
 こうなると勝ってやる。
 
 
 


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